• 无需道别 - [天路历程]

    Jul 31, 2015

        回国前夕的一个下午,我坐电车去了京都郊外的洛西医院,最后一次探望身患癌症晚期的M老姊妹。她一个人安静地躺在加护病床上,身体因插着的各样导管而不能动弹。然而,当看见我时,那瘦削的脸上却还是露出了那熟悉的笑容。我放下背包,坐到一边,陪她聊天。

        她问我乘几号的飞机回去,工作找得如何,这次是否Akira也会一同带上,下次什么时候再来日本。我们二人,一老一少,一个床上,一个床边,交谈甚欢。聊天的中途,她轻轻地闭上了眼睛,然后请求似地对我说,“能为我念诗篇23篇吗?”我从背包里拿出圣经,翻到指定的那处,不缓不慢地读了起来。当读到,“我虽然行过死荫的幽谷,也不怕遭害”时,我禁不住落下泪来,但她却在病床上微微地笑了。她睁开眼,径直地朝我看来,似乎在等候我回应似地,轻声却有力地说了一句“阿门”。我不敢抬头,只能低着头也说了一句,“阿门”。

        我们的聊天依然继续。渐渐地她累了,但语调却突然变得沉重了起来。“弟兄,你心中依然有尖角高立。”她看着我,目光深邃。我微微一怔,不置可否,轻轻点头。时间已经不早,我正犹豫着是否要郑重道别,她对我说,“弟兄,你不可忘记我今日对你说的。我们知道我们将往哪里去,所以无所惧怕。你只管平安地去吧,神与你同在。”

        就是那最后一次见面,她的眼睛依然闪光,就像我第一次去教会时所见的那样。我知道,她已经预备好了。

        那天,我没有道别;如今,她已经安息主怀。

        是的,因着祂,我们已无需和那些如云彩般环绕我们,在地上陪我们跑过一程的见证人们道别;也因着祂,我们已和这世界和这世界的一切郑重诀别。

  • 御心 - [爱已成歌]

    Dec 18, 2014

     
     
     
     
     あなたは、いても、いなくても、どっちでもいいような人ではありません。あなたは、いなくてはならない人です。ましてや、いないほうがいい人では決してありません。「私がいると、迷惑でしょうか」なんて言うのは誰でしょう。「私は役に立たず、みんなの足を引っ張ったり、世話をかけたりばかりで」と言うのは誰ですか?

    あなたは、本当に必要な人です。あなたは、あまり自分のことをよく知っていないのかもしれません。自分で思っている自分が自分なのではありません。あなたは自分が思っている以上に、必要とされている人です。もしあなたがいなくなってしまったら、どんなに困ることでしょう。あなたがいないことは、世界の損失です。誰がなんと言おうと、あなたは世界の宝のような存在です。あなたはどうしてもいてもらわないといけない、特別な存在なのです。

    あなたは、外国人ですか?まだ子どもですか?もう年寄りですか?障害がありますか?体に病気がありますか?心が不安定ですか?今仕事がありませんか?学歴がありませんか?お金がありませんか?信仰が薄いですか?もしも、あなたがこれら全部だったとしても、あなたの存在の尊さを否定する理由にはなりません。あなたは、神様によってあなたとして創造され、愛され、尊ばれているのです。

    神の家にはあなたが必要です。どうしても必要です。あなたがいないとだめなのです。あなたの職場にも、家庭にも、学校にも、神様があなたを置かれているところには、誰が何と言おうと、あなたが必要なのです。ただあなたがいてくれるだけで、私たちは幸せなのです。神が御子を犠牲にするほどまでに愛されたあなたがいてくれることが、私たちの祝福、いえ、世界の祝福なのです。神の愛があります。今日も共に生きましょう、神の愛の中で。これが神様の御心です。祝福します。アーメン。

     

     

  • 天上的筵席 - [天路历程]

    Sep 30, 2014

        

         我最近睡眠一直不好,昨晚却睡得很沉很香,且还做了梦。

         梦里面,我和妻子在一个婚宴的宴会里,宾客们都身穿着华美的礼服,人们彼此欢笑致候,人声鼎沸。忽然,我发现同一桌的对面有一个似曾相识的女性,但一下子我又不敢确定。因为眼前的她,脸上满了喜乐,整个人都充满了圣洁的荣光。我再定睛仔细看去,这才认出,这正是我的初中同学,现在和我在同一个团契里的姊妹。

         这时,天使天军的赞美诗开始唱响,“阿门阿门!”的嘹亮声音响彻天际。我这才明白过来,原来这是羔羊基督迎娶新妇教会的筵席,我已不是在地上,而是在天上。席间,有许多人想到一路走来的艰辛都在不住地抹泪,我也不能自己。这时,前方众光之源处传来声音说,

         “今日是你们喜乐得荣耀,得生命之冠冕的日子,看哪,我已经将一切都更新了,从此以后,再也没有眼泪了。我要作你们的神,你们要作我的子民,直到永永远远!”

         当“哈利路亚,圣哉,圣哉,圣哉!”的声音充满整个宴会时,我醒了。就在刚才,我将这个梦记录到了本子里,分享给了我的妻子和同桌的姊妹。

         我想说的是,神秘神奇的“宗教体验”不能叫人得救,哪怕是神迹也不能使人的生命真正更新,反而有可能使人骄傲自高;然而,在神的主权里,祂乐意藉着一些异梦,异像,或是其他各样祂看为好的方法叫得救的人信心坚固,继续前行。祂曾这样行过,今后也会这样行。

         因为,当我们确实地知道,我们的将来是如此有盼望有荣耀,我们在基督里要得的基业是如此浩大的时候,眼前这一切暂时的困难,痛苦,挣扎,叹息就再也不足为惧了。

         感谢耶稣。